病者と神様との近さ


主任司祭ジョヴァン二・デリア


 カトリック教会において、2月11日といえば「ルルドの聖母」の祝日であり、「世界病者の日」です。キリスト教の教えにょれば、病者はイエス・キリストに最も近い存在です。なぜなら、病者はイエス・キリストと同じように、苦しみという十字架を負っているからです。
 病者と神との近さには、少なくとも三つの側面があります。
 第一の側面は「出会い」です。イエス・キリストは、72人の弟子たちを宣教に遣わす際、病人に向かって「神の国はあなたがたの近くに来ている」(ルカエ0章9節)と告げるよう勧めました。つまり、たとえそれがどれほど苦痛で、理解しがたいものであっても、病の中に神との出会いの機会を見いだす手助けをするよう求めているのです。病気の時、私たちは一方で、生き物としての自分の弱さ―肉体的、精神的、霊的な弱さ―を痛感します。しかし他方で、イエス・キリストにおいて、私たちの苦しみを分かち合ってくださる神の親しみと慈しみを体験します。神は私たちを見捨てません。しばしば、私たちが思いもよらなかったような粘り強さを与え、私たちを驚かせてくださいます。
 第二の側面は「贈り物」です。苦しみの時ほど、すべての希望は神から来るのだということを実感します。したがって、希望とはまず、受け入れ、育んでいくべき賜物なのです。希望は、夜の中の光です。
 第三の側面は「分かち合い」です。苦しみの中にある場所は、いよLば分かち合いの場であり、互いに豊かにされる場所でもあります。病人のベッドのそばで、私たちは何度も希望を学ぶでしょう。苦しむ人のそばにいることで、信じることを学ぶことも何度もあるでしょう。困っている人に寄り添うことで、愛を新たに発見することもあるでしょう。その時、私たちは皆、お互いにとって希望の「天使」であることに気づきます。患者であれ、医師であれ、看護師であれ、家族であれ、友人であれ、司祭であれ、修道者であれ、私たちは皆、神の使者として希望を分かち合うことができるのです。
 最後に、受難と十字架を新しいいのちと希望へと変えられたイエス・キリストに祈ります。私たちが、日々自分の十字架を忠実に背負い、兄弟姉妹とともに歩みながら、希望を分かち合うことが'できますように。

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