微笑む神様
主任司祭 ジョヴァンニ・デリア
「主があなたを祝福し、
あなたを守られるように。
主が御顔を向けてあなたを照らし
あなたに恵みを与えられるように。
主が御顔をあなたに向けて
あなたに平安を賜るように。」
(民数記 6・24-26)
この聖書の箇所は1月1日神の母の祭日ミサの中で毎年読んでいます。実は、翻訳は少し変わっています。本当に使われている言葉は「照らし」ということばではなく、「微笑む」という言葉です。つまり、神様の笑顔を見るような祝福です。もちろん、この降誕節の間に私たちにとって神の笑顔は、生まれたばかりのイエスを通して示されています。
神様は不機嫌でも、理解不能でも、よそよそしくも、苛立ってもいません。神様はいつも笑顔です。もし問題があるとすれば、それは私たちの方です。苦難や苦しみの時、感情に圧倒され私たちは神様に目を向けることができず、笑顔を見出すことができません。
神様の微笑みに気づくには、私たちは若いマリア様に倣わなければなりません。1月1日に神の母として祝うマリア様はイエスの誕生のために起こった数々の出来事に心を痛めていました。例えば、一人で出産し、故郷から遠く離れ、あまりよくない宿泊(飼い葉おけ)をし、怪しげな羊飼いたちの訪問を受けたことなどです。マリア様はこれらすべてを心に留め、思いを巡らせていたとルカによる福音に記しています。
マリア様は生活に神のみ言葉を中心とし、あった出来事の意味がわからなくても、いつか神のみ言葉を通して理解できると信じていました。私たちも毎日の生活の中で神のみ言葉を中心にすれば、マリア様のようにいつか理解し、神様の笑顔を見ることが出来ます。これを新年の決意とすることができれば幸いです。

