
聖ペトロ教会と聖パウロ教会の献堂
主任司祭 ジョヴァン二・デリア
カトリック教会の典礼において、聖ペトロと聖パウロは常に結びつけられています。11月18日は、聖ペトロ教会と聖パウロ教会の両教会の祝いです。この二つの教会はローマにあり、二人の使徒の墓の上に建てられています。この二つの教会が共に祝われることは、使徒たちの兄弟愛とカトリック教会の統一を象徴的に表しています。
この祝日は、二人の使徒を共に記念する一年で四番目の祝日であり、私たちに使徒の働きを思い起こさせます。二人の使徒は、人生の終わりに近づき、自分たちの働きを振り返るようになりました。ペトロは次のように振り返っています。
「わたしは、自分がこの体を仮の宿としている間、あなたがたにこれらのことを思い出させて、奮起させるべきだと考えています。わたしたちの主イエス・キリストが示してくださったように、自分がこの仮の宿を間もなく離れなければならないことを、わたしはよく承知しているからです。自分が世を去った後もあなたがたにこれらのことを絶えず思い出してもらうように、わたしは努めます。わたしたちの主イエス・キリストの力に満ちた来臨を知らせるのに、わたしたちは巧みな作り話を用いたわけではありません。わたしたちは、キリストの威光を目撃したのです。荘厳な栄光の中から、『これはわたしの愛する子。わたしの心に適う者』というような声があって、主イエスは父である神から誉れと栄光をお受けになりました。わたしたちは、聖なる山にイエスといたとき、天から響いてきたこの声を聞いたのです。」(第一ペトロ1章13節~18節)
聖パウロは「信仰によるまことの子テモテ」(第一テモテ1章2節)にこう伝えています。
「わたしを強くしてくださった、わたしたちの主イエス・キリストに感謝しています。この方が、わたしを忠実な者と見なして務めに就かせてくださったからです。以前、わたしは神を冒漬する者、迫害する者、暴力を振るう者でした。しかし、信じていないとき知らずに行ったことなので、憐れみを受けました。そして、わたしたちの主の恵みが、イエス・キリストによる信仰と愛と共に、あふれるほど与えられました。「イエス・キリストは、罪人を救うために世に来られた」という言葉は真実であり、そのまま受け入れるに値します。わたしは、その罪人の中で最たる者です。しかし、わたしが憐れみを受けたのは、イエス・キリストがまずそのわたしに限りない忍耐をお示しになり、わたしがこの方を信じて永遠の命を得ようとしている人々の手本となるためでした。」(第一テモテ1章12節~16節)
この聖書の言葉を聞いたら、二人とも強い信念と決心を持って最後を迎えたことがわかります。そのため初代教会から、キリスト教徒は常にこの二人の使徒に惹かれてきました。この二人の使徒は教会への使命と信仰のための殉教による模範になります。そのため、この二つの教会はどんな時代でも巡礼者で溢れていました。特に聖ペテロ教会は、教皇が司式するミサのため、巡礼者で混雑することがよくあります。この二つの教会は、一言で言えば、カトリック教会の信仰の中心であり、支点なのです。

