神様も皆も巡礼者です

主任司祭 ジョヴァンニ・デリア

ダビデ王は3000年前に全てのカナーン地方を征服し、エルサレムを新しい国の首都にしました。

ダビデ王はエルサレムをイスラエルの誇りにするために全世界から優れた建築士を呼んで多くの素晴らしい建築物を建てました。その中で神様のために神殿も作るつもりでしたが、神様はナタンという預言者を通して作らないように伝えました。神様の理由はとても単純なものでした。神様はユダヤ人がエジプトを脱出してから、ずっと普通のユダヤ人と同じようにテントで暮らして一緒に歩んできました。だから、神殿を作れば、もう一緒に歩んでいないイメージになってしまうからです。つまり、私たちの神様は教会の中に閉じ込められているものではなく、ずっと一緒に歩んでいる神様です。マタイの福音書に書いている通り「その名はインマヌエルと呼ばれる。この名は、神は我々と共におられるという意味である。」(マタイ福音1章24節)

もう一つのことは新約聖書に書いています。「わたしたちの本国は天にあります。そこから主イエス・キリストが救い主として来られるのを、わたしたちは待っています。」(フィリピ3章20節)つまり、私たちは地上に巡礼中です。その巡礼に神様も一緒に歩んでいます。根本的に私たちも神様も移住者です。だからこそ、社会的な立場からみれば、カトリック教会は移住者をいつも特別に扱ってきました。

例えば、カトリック教会は毎年9月の最後の日曜日に世界難民移住移動者の日を祝っています。今年は第110回です。非常に古くから大事にしている日です。今年も教皇様はこの日のために特別なメッセージを発表されました。しかし大事なことは、私たちは根本的に皆が移住者なので、差別や偏見的なスローガンを超えてお互いに助け合うべきだということです。そのために努力して祈りましょう。

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