どんな終わりでも新たな始まりです


主任司祭ジョヴァン二・デリア


 よく聖金曜日のイエス・キリストの弟子の気持ちを想像します。どんなに怖かったことかと。恐らく、イエス・キリストが殺されたように自分も同じようになるかもしれないと思っていたでしょう。殺されなくてももう全部終わりだと思っていました。イエス・キリストの言葉は素敵でしたが、もう亡くなったので全部彼とともになくなるだろう。。。
 だからこそ、彼らにとって、復活の日に婦人たちによってイエス・キリストが復活したということを伝えられた時、大きな驚きでした。また復活したイエス・キリストと出会った時、喜びで自分のこころが満たされ、倒れそうになったことでしょう。
 しかし、復活の日に弟子たちは一番大事なことを学びました。それはどんな終わりでも新たな始まりであるということです。全部終わったと思った時に、新しい動きと挑戦が始まりました。イエス・キリストの復活の日から教会を創立し、全世界に広がるように働き始めました。私にとってこの復活祭はまさにこの意味です。長年にわたり一緒に旅した尼崎教会から離れる日が来ました。この長年の間に心の中で感謝の気持ちしかありません。そして、これからも尼崎教会の活躍のために神様に祈ります。どうか尼崎教会がいつも神のみ国のしるしであるように、と祈ります。

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